●老いては誰に従うの?●
(2008/04/23)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ビジネスの新しいスタンダード!
■■週刊ビジスタニュース■■
●老いては誰に従うの?●
http://www.sbcr.jp/bisista/ 2008.04.16配信号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
毎週水曜日発行(5週目はお休みします)。
[Index] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1.小田嶋隆「大日本観察」
2.成松哲「イケてる爺さん婆さんのパートナーはどこに!?」[特別寄稿]
3.編集部の現場から
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今号では、モンスターペアレントを中心に親と学校について錯綜している
言説へ斬り込んだ『凶暴両親』(ソフトバンク新書)を上梓されたばかり
のライター・成松哲さんに50歳代より上をターゲットにした雑誌について
分析をしていただきました。イケてる中高年の趣味や遊び方から見えて
くるものとは……。
そして、「大日本観察」を連載していただいている小田嶋隆さんの新刊が
出ました! 『テレビ救急箱』(中公新書ラクレ)です。
http://takoashi.air-nifty.com/diary/2008/04/post_76f6.html
また当メルマガにも寄稿していただいた松田尚之さんが「日経ビジネス
オンライン」で書かれている記事が濃い内容です。キャリア教育について
一石を投じる内容かと。「工業高校が地方小都市を再生する」、是非、
ご一読を。(読むのに無料登録が必要なようです)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080408/152564/
前号(山本一郎さん、ドクトル・ピノコさんの連載、近藤正高さんの特別
寄稿を掲載)はこちら。
http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3307
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
■□ 1.小田嶋隆「大日本観察」
■□
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
後期高齢者医療制度は、福田内閣の息の根を止めるかもしれない。末期低迷
内閣終了制度。衆院山口二区の補選の結果次第では、何が起きてもおかしく
ない。でなくても、この医療保険制度が、自民党の伝統的な票田である
高齢者の間で不人気なことは、動かし難い事実だ。
少なくとも私の周辺にいる年寄りは、ほぼ例外なく感情を害している。個人
的な感想を述べるに、ここまで評判の悪い施策は「売上税」以来だと思う。
きっとひどいことになる。おそらくそう長くない先に、制度か内閣かの
いずれかが瓦解しかねない。そうならないのだとすると、高齢化社会が崩壊
する。 ん? 狙い通り? まさか。
私は保険制度に詳しい者ではない。医療の専門家でもないし、政策通でも
税制通でもない。でも、わかるのだな。この医療制度がロクな結末を迎え
ないという程度のことは。だって、「後期高齢者」という言い方があまり
にも無神経過ぎるから。
なにしろ、「後期」には、「時系列」が含まれている。ここのところが単なる
年齢の表現である「高齢者」と本質的に違っている。つまり、「後期」という
からには「前期」が想定されているわけで、全体として、「後期高齢者」と
いう用語は、そのうちに「前期から後期に至る時の流れ」を含んでいるので
ある。それゆえ、「前期」は「初期」からの引き続きということになるし、
「後期」は、「末期」に至らざるを得ない。で、「末期」は、当然「死」を
以て終了しないわけには参らぬのである。であるからして、以上のなりゆき
から、「後期高齢者」は、これはもう、「もうすぐ死ぬ人」としか了解の
しようがないわけです。
「邪推だ」と言う人があるかもしれないが、私はそうは思わない。お国の上の
方の人々が、わざわざ「後期高齢者」という新しいレッテルを案出してまで、
その名のもとに統合された人々を一般の国民や通常の高齢者と別枠の保険制度
で処理しようとしている以上、そこには当然、何らかの思惑があるはずなの
だ。おそらくは「生産しないくせにカネばっかりかかる先の無い連中は、別枠
の医療制度にハメこんで行こうぜ」ぐらいな意図が、だ。
ガス室とは言わない。が、三途の川医療制度ぐらいではあると思う。渡し船の
渡し賃は年金から天引き、みたいな。ひどい話だと思う。
遡って言うなら、私は、「厚生労働省」という役所の存在自体に、そもそも
違和感を感じている。というのも、「労働省」と「厚生省」は、完全に別の
役所であって、担当していた業務からしても、元来統合できる筋合いの仕事
ではなかったはずだからだ。
それをあえて統合したのは、おそらく、お国が「厚生」という概念を「労働」
の下位に置きたかったからだ、と、そういうふうに私は類推(邪推だと思う
ならそう曲解してもよろしい)している次第だ。
たとえばの話、農林水産省と防衛省を合併する方が、スジとしてはずっと
良いと思う。農水防衛省。自衛隊の諸君には屯田兵たる原点に立ち戻って
いただいて、食料安保を視野に入れた、よりグローバルな活動をしてもらう。
なんなら環境省を混ぜても良い。農水環境防衛省。エコでバイオな軍隊。
竹槍に鍬。蓑傘部隊。国策肥溜め兵器とか。味噌テロとか。
話を元に戻す。いずれにしても、行革を進めていた連中のアタマの中には、
労働政策を厚生事業よりも上位に置きたい気持ちがあったはずだ。なに
しろ官僚だから。どうしたって国民を機械の部品だとか将棋のコマぐらい
に考えないとおさまりがつかない。いやな野郎だなあ。
彼らの感覚では、「労働省のナワバリが労働力の管理と生産にあるのだと
すると、厚生省の仕事は、その補修とメンテナンスぐらいになる。って
ことは、こいつらって一緒にできるんじゃね?」てなことになる。
で、その種の労務管理由来の国民訓育思想からすると、「後期高齢者」
は、「定年後労働者→減価償却を終えた労働機械→不良中古機械→廃品」
ぐらいな扱いになる。要するに、「労働力としての寿命を終えた、生産
も消費もしない、国民経済にとって、お荷物でしかないマイナスの経済
単位」と、そういうことだ。これ、オレが言ってるんじゃないからね。
官僚の内心をオダジマが斟酌してテキスト化してるだけだということを、
ぜひご理解ください。
「厚生」の立場から考えると、老人であれ病人であれ、あるいは幼児で
あれ身障者であれ、彼または彼女が国民である限りにおいて、彼らの生存
を保証し、そのクオリティ・オブ・ライフの向上をはからねばならない。
というよりも、老人であり病人であれば、なおのこと国はその人々の福祉
のために最大限の努力を傾注することになっている。それが「パブリック・
ウェルフェア」ということだからだ。
一方「労働政策」の見地から見れば、大切なのは労働力の再生産であり、
労働マシーンとしての国民の機能向上であり、労働市場ないしは工場と
しての国の生産力増強だ。とすれば、寿命を終えたマシンに修理のコスト
をかけることは、資源の浪費……ということになるのだと思うぞ。たぶん。
オレの試算では(笑)。
さてしかし、「後期高齢者」という言い方は、どうやら、学問的には
きちんとした筋目の言葉であるようだ。というよりも、そもそも人口学
や老年学と呼ばれる学問の世界では「75歳未満の高齢者(65〜74歳)」
を「ヤング・オールド」それ以上の高齢者(75歳以上)を「オールド・
オールド」と呼んでいるのだそうで、「後期高齢者は」、その「オール
ド・オールド」の訳語(「ヤング・オールド」は「前期高齢者」)で
あるに過ぎない。で、行政用語としても昔から使われている。なるほど。
でも、それとこれとは話が別だ。学術用語として通りが良くても、お役人
が内輪の会議で使う行政用語としてオッケーが出ていても、対国民向け
のPRとして、こういう言葉をナマで使ってしまう神経は、やはりヤバい
と申し上げねばならない。
行政学の学者や人口動態を研究する研究者が統計としての人口を相手に
する時の気分は、生物学の研究者がラットやマウスの腹をサバいている
のと同じことで、要するに「数字」に過ぎない。
統計学者が、人間を「バラバラと生まれて、じきに病気になって死んで
行く不特定多数の物言わぬ生命群」という定義で処理しているのだとし
ても、それがアカデミズムの範囲内のできごとであるのなら、それは
それで一向にかまわない。
というよりも、むしろ、そういうふうに対象を非人格化して「モノ」
として扱うからこそ、学者は研究をすすめられるのだ、と言えば言える。
だから、人口学の学者は、女性を「生む機械」と考え、経済学の学徒は、
国民をホモ・エコノミクスの集合体と見なす。医者だってそうだ。疫学的
なデータを相手にする時、いちいち個々のデータの人生なんか考えない。
でも、一国の大臣が国民に新しい医療保険制度を提示する時に、「後期
高齢者」なんていう言葉を使って良いはずがない。このデンで行けば、
「瀕死保険制度」「準終末医療」「ポックリサポート」「安楽死ソフト
ランディング医療」「即身成仏促進制度」「極楽往生メディカル」み
たいなお話もアリになる。
思うに、「後期高齢者医療制度」の問題点は、その名称に、お国の思惑
(つまり、「どうせじきに死ぬ連中なんだからたいした保障はできない
よ」ということ)が露呈してしまっていたことにあるわけだが、彼らの
思惑そのものが間違っていたのかというと、そこのところでは議論は
分かれるのだと思う。
つまり、高齢化社会をめぐる医療と保険の話は、どっちにどう転んでも
憂鬱な展開をたどらざるを得ないからだ。より大きな支払い能力を備え
た、より若くてより豊かな国民に、より大きな負担増を強いるのか、
受益者負担の原則を徹底して、現実に医療を受ける老人たち自身にケツ
を持って行く(っていうか、結果として払えない人たちの自然死を促す
ことで医療費そのものの削減をはかる)のか、でなければ、消費税の
税率でもアップするなりして、医療費のアナを埋めるのか、いずれに
してもどこかに痛みを持って行かなければ、話は落着しないからだ。
してみると、この問題について、歴代の内閣(およびメディア)が説明を
放棄したきた気持ちもなんとなくわかる。だってどういうふうに説明して
みても、耳障りの良い話はできそうにないからだ。
で、「後期高齢者」みたいな、衣の下の鎧が透けて見えるみたいなひどい
言葉が漏れ出てしまったわけだが、深読みをすれば、あるいは、これ(つま
り、あえて「後期高齢者」という年寄りの余生に冷水をぶっかける言葉を
使ったこと)は、わざとなのかもしれない。
「ひどい時代がくるぞ」と、このことだけは国民にわかってもらわないと、
この先、政策が立案できない……みたいに考えている連中が、永田町の中
にはけっこうたくさんいると思う。松下政経塾の連中とかは、特に。
この件について、舛添厚労相は「それ(年金保険料をめぐるゴタゴタ)と
これを結びつけて、情緒的に反応するのはいかがなものか」と発言して
いる。なるほど。舛添さんらしいものの言い方だ。
いや、メディアの報道や、われわれ国民の反応が「情緒的」だとする舛添
さんの分析はそんなに間違ってはいないのだと思う。実際、みのもんたの
番組とかは、ベッタベタに情緒的なわけだし。でも、「情緒的」という
言葉を、大臣が国民に向けて使うのは、いかがなものなのか。「後期高齢
者」という用語の使い方と同じで、「無神経」ということになろうかと
思われるがいかがなものであろう。って、この「いかがなものか」という
言い方自体、非常にいかがなものかと思うのであるが、どうなんだ?
ともあれ、東大を出た人の口から出た「情緒的」という評言は、「バカ」
という意味で受け止められる。舛添さんは、このことをよくおぼえて
おいた方が良い。というよりも、私の耳には、舛添大臣の言葉は、
「保険制度の複雑さも医療制度のやっかいさもなんにもわかっちゃいない
無知でアタマの悪いお前らが感情だけで発言してるんじゃねえよ」という
ふうに聞こえる。
情緒的な反発というそしりを恐れずに言うなら、「理知的」なあんたたち
がやっていることがあまりにも「官僚的」で「冷酷」で「事務的」だと感じ
るから、オレらだって「情緒的」に反発せずにはおれないのであって、国民
をして情緒的たらしめているのは、あんたら為政者の責任なのである。
舛添さんという人は、評論家としては、歯切れが良くて明晰で、優秀な人
だった。が、大臣としてはダメだと思う。大臣は、歯切れが良かったりしたら
言質を取られてやっかいなことになる(か、でなければ、前言を翻さねば
ならなくなる)わけだし、明晰さを表に出せば、国民をバカにした印象を
与える。それになにより評論家的な優秀さ(つまり、実務より分析に走る
テの手腕)は、官僚の反発を招いて、大臣としての仕事を泥沼に引きずり
込んでしまう。
「後期高齢者医療制度」は、福田首相の発案で、「長寿医療制度」と呼び
変えられることになりそうだが、こういう脊髄反射的な名称変更は、二つ
の別の保険が並立するという誤解の温床になるんではなかろうか。でなく
ても、イメージ回復策としても既に手遅れだと思う。
「後期高齢者」と、一度そう呼ばれてしまった後では、どんなに耳障りの
良いタイトルで言い直されても、白々しさがただようばかりだ。むしろ、
適当に年寄りの機嫌をとっておこうとする意図が憎々しい。
どうせおべっかを使うなら、セレブシニア医療制度とか、そこまで言った方
が良い。いっそ、某保険会社が連呼している「これからだ」でも良い。
ま、主旨としては「これまでだ」なわけだが。
●小田嶋隆(おだじま・たかし)
コラムニスト。毒を含んだ軽妙な文章は、多くのファンを持っている。
著書は、『人はなぜ学歴にこだわるのか。』(光文社知恵の森文庫)、
『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』、『1984年
のビーンボール』(ともに駒草出版)など多数。
今月、新刊『テレビ救急箱』(中公新書ラクレ)が発売!
サイト:おだじまん
http://odajiman.net/
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
■□ 2.成松哲[特別寄稿]
■□ 「イケてる爺さん婆さんのパートナーはどこに!?」
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
2008年1月『NIKITA』(主婦と生活社)が休刊。そして、今月下旬には『ZINO』
(ケイアイ・アンド・カンパニー)も休刊するという。両誌は30歳代後半〜
40歳代向けファッション誌だ。「すでに恋愛市場から立ち退いた」と思われて
いた中年を、その表舞台に引っ張り出そうと画策していた。
『NIKITA』は、可処分所得が高く(同誌曰く、年収800万円、または、月30万
円以上の小遣いがあり)、人生の酸いも甘いも噛み分けた恋愛マスター
「艶女<アデージョ>」に向けた女性誌。ド派手なイタリアンブランドを
ワイルドに着こなし、夜の街に繰り出すライフスタイルを提案していた。
男性誌『ZINO』は、その『NIKITA』と『LEON』(主婦と生活社)を立ち上げ、
「艶女」や、そのカレシ「ちょい不良<ワル>オヤジ」などの名コピーを
生み出した岸田一郎が創刊した。雑誌のテイストは『LEON』とほぼ同じ。
創刊1周年記念号に当たる2008年5月号(3月発売)には「やんちゃでいく
ぞ、どこまでも!」なるキャッチコピーが打たれている。「どこまでも」
どころか「1カ月先」にしか行けなかったのが残念でしかたない。
これらイケイケ系雑誌が撤退を余儀なくされたのは、単なる岸田編集長の
敗北などではない。「男40にして惑わず」ではないが、イマドキの中年男女
は、キレイなオベベや色恋などに惑わされはしなかったということなのだ
ろう。そもそも、数十万〜数百万円のチャームを買うカネなど、誰にもなか
ったのかもしれない。
休刊する両誌とは対照的に最近奮闘しているのが、男性誌『Z』(エム
スリー・パブリッシング。2006年10月創刊)と女性誌『HERS』(光文社。
2008年3月創刊)。ともに50歳代以上向けの雑誌だ。2007年問題に見られる
ように、ここ1〜2年、団塊の世代の大量リタイアが続いている。ファッ
ション誌の世界は、このヒマでカネを持っていそうな「世代」を新たな
ターゲットにロックオンしたようだ。
『Z』の読み方は「ジー」。「ステキな爺さん」の「ジー」だ。
その2007年12月号のライフスタイル提案特集のタイトルは「よぉ、しっかり
生きてるかい?」。2008年5月号のキャッチコピーは「青二才禁止! 遊んで
る?」。赤いチャンチャンコまで、残すところ、あと5年。ジーさんは、
まだまだやる気マンマンなのか。
ところが、ページをめくってみると、コピーの勢いはどこへやら。存外に
枯れている。
2008年5月号「大人の鮨遊び」特集では、新橋、銀座、浅草、京都・祇園の
高級寿司店のメニューとともに、各界著名人の行きつけの寿司屋を紹介して
いる。そのひとり、林家木久扇の東京・日本橋の寿司屋での遊び方はこうだ。
「テーブルでは気取りすぎだからカウンターで。主人となにげない話を
しながら、ゆるゆると酒を飲み、鮨をつまんで過ごす」
大将との会話を肴に「ひとり」で江戸前寿司をいただくことをオススメ
しているわけだ。
また、熊野三山の神社を特集する旅行企画も、世界遺産をエサに女性を連れ
出し、イチャイチャすることなど、提案していない。
「地位や名誉も関係なく、心に来ているしゃちほこばった衣も脱ぎ捨て、
神のおわす大自然と遊ぶ」のが、この旅行の目的だ。天才F1ドライバー、
アイルトン・セナは、1988年、年間チャンピオンを獲得した鈴鹿サーキット
の「コーナーの向こうに神を見た」というが、年かさを重ねると、世界最速
にならずとも、和歌山県の向こうに神が見えるようになるらしい。
また、日本野鳥の会協力の「愛すべき野鳥たちとの出会い」特集では、
デジタル一眼レフカメラ片手に野鳥の撮影旅行に出かけようと言っている。
野鳥の観察に、会話などのノイズは大敵。神々との交信も、バードウォッチ
ングも、おそらく「ひとり」で行うのだろう。
つまり、ジーさんは「ひとり」。その傍らには「艶女」や愛人はおろか、
嫁さんすら同行してはいないのだ。
「そんなことはないだろう」とお思いの方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、このライフスタイルは、キレる老人の登場をきっかけに街の風景
や人間関係の変遷を読み解く『暴走老人!』(文藝春秋)の著者・藤原智美
の見解とも符合する。
藤原は、同書において、家庭や街の風景になじめなくなった老人がコンビニ
などで大暴れしてしまうことを指摘すると同時に、『中央公論』2008年4月号
(中央公論新社)の中で、こうも語っている。
「仕事をリタイアして何をしたらいいか分からず、カルチャーセンターに
通って、とりあえず20万円の一眼レフのデジタルカメラを買って、(藤原の
住む)鎌倉に来る(笑)。(中略)だから鎌倉はカメラを持った中高年
だらけなんですが、ショッピングセンターや図書館で虚ろな表情をしている
人々に比べれば、ずっといいかもしれませんね」
『Z』は、この「ずっといい」ライフスタイル=ひとり遊びを提案している
のだ。
さて、ジーさんが「ずっといい」生活を送る間、嫁さんはなにをしている
のか。ジーさんの居ぬ間に「ちょい不良オヤジ」とでもよろしくやって
いるのか、というと、そうではない。
『HERS』創刊号のキャッチフレーズは「これからの10年、どうしますか?
いま再び『私を楽しむ』暮らしとファッション」。第3特集のコピーは
「マイ・スペースで広がるこれからの10年」だ。
「私」に「マイ・スペース」。
『Z』同様、やはり「ひとり」だ。そもそも、雑誌のタイトル自体、一人称
単数形の所有代名詞「HERS」。暮らしもファッションも「彼女のもの」で
あって「彼女たちのもの」ではない。
ただし、ジーさんとは、居場所が決定的に違う。件の第3特集は、マイ・
スペース=自宅のリフォーム特集だ(おそらく旦那と一緒に住んでおり、リ
フォーム費用の出所は旦那のサイフのはずなのに“単数形”の「マイ」だ)。
ファッション特集に目を転じてみると、タイトルは「ひとつの答えはスーツ
です」。スーツの着こなしを提案している。峠越えの古街道である熊野古道
にスーツとパンプスで出向くバカはいない。友だちと街に繰り出すのだ。
同誌には全国各地の美術館の展示スケジュールも載っている。
「旬野菜 箱買い」という連載企画を見てみると、創刊号では鹿児島・
出水<いずみ>の青豆、第2号となる2008年5月号では、北海道、山形、
京都、三重、鹿児島のタケノコを産地から箱買いしている。これらブランド
野菜を調理し、食うのは、もちろんマイ・スペースのダイニングキッチンや
庭だ。
タケノコ特集では、田園調布在住・早川さん宅のガーデンパーティの様子を
紹介しているが、早川夫人と一緒に旬の味を楽しんでいるのは、ご近所の
芝本さんご夫妻だけ。ファインダーの中に早川夫人の旦那たるジーさんは
収まっていない。
そう、嫁さんの居場所は「自宅」と「街」。世界遺産などではない。考えて
みれば、当たり前のお話だ。
50歳代以上の夫婦は、現役当時、旦那が勤めに出かけ、嫁さんが専業主婦
をしていたケースが多い。ジーさんが外で仕事をしている間、嫁さんは、
家庭や地域に着々と根付いていた。これまで、ひとりで楽しくやってきた
(もちろん「家庭を切り盛りする」という一大事業をまっとうしつつ、
である)嫁さんにしてみれば、家庭や地域の「新参者」「ストレンジャー」
たるジーさんなど、ウザったい存在に見えるのかもしれない。だから、
我が道を進む。
一方、ジーさんは「彼女のもの」である家庭や地域になど居場所はない
から、ひとり、寿司屋や世界遺産、バードウォッチングにでかける。カネ
はあるだろうから、それなりに楽しいのかもしれない。「旦那は外、嫁は内」
という選択は、熟年夫婦が、お互いストレスなく付き合うための高度な
生活の知恵とも言えそうだ。
ただ、若輩の身なれば『Z』と『HERS』の夫婦関係は、単なる「家庭内別居」
に見えなくもない。嫁さんが産直の高級タケノコで旨い飯を作っているの
だから、ジーさんは銀座の寿司屋などに出かけず、嫁さんと芝本さん夫妻
のパーティに交ざればいいはずなのに……。
実際、ジーさんは嫁さんと遊びたがっている。『Z』2008年7月号では
「ひとり旅 vs ふたり旅 大特集!」の掲載を予定している。ジーさんは
「きままな男一人旅」に出たい一方で「カミさんと夫婦二人旅」にも行き
たいのだ。
ところが『HERS』5月号でのジーさんの登場機会は「オープンカーで別荘
探し 南房総編」特集くらいのもの。ジーさんは、オープンカーの運転手
にして、数千万円はくだらない別荘を手に入れるための資金源くらいに
しか思われていない。しかも、同誌によると、女優・萬田久子は、事実婚
状態の旦那や、大学生の息子を置いて、ひとり、ロンドン短期留学にでか
けてしまった。
さて、残されたジーさんはなにをしよう。とりあえず、寿司でもつまみ
ながら、熊野の神々に相談してみては。
●成松哲(なりまつてつ)
フリーライター。ジーさん世代の息子
『週刊SPA!』『日経エンタテインメント!』などで執筆活動を展開中。
江頭2:50の映画評論本『江頭2:50のエィガ批評宣言』(扶桑社)の企画・
構成なども手がける。
4月中旬、モンスターペアレントなど教育問題を巡る言説を検証する
著書『凶暴両親』(ソフトバンク新書)が刊行。
ブログ:三十路でアニメ
http://redhell.cocolog-nifty.com/
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
■□ 3.編集部の現場から 中本智子
■□
■□ 今井志保子『男の価値は「色」で決まる!』
■━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
パッケージデザインの良し悪しが商品の売れ行きを左右するということは、
すでにご承知のことでしょう。そして、ビジネスマン自身の「パッケージ」
といえばスーツ。
私自身、営業マンに仕事を頼むとしたら、スーツ姿が決まっている人のほう
にお願いしたくなります。一見同じようなスーツ姿こそ、仕事に対する意欲
や能力、人柄といった個性を発揮する最良の武器といえるでしょう。
視覚情報の中でも8割といわれる「色」による効果。本書では、カラーを
中心に、ビジネスマンが自己演出力を高めるための極意を指南していきます。
「色」による自己演出は、ビジネスマンの新常識! 米国では大統領選で
カラー戦略が広く普及し、ビジネスエリートたちの間でもスタイリストを
雇い入れ、外見上の演出力を高める戦略が普及しています。
あなたも、どうせ1本のネクタイ、1枚のシャツを選ぶのなら、もっと
戦略的に「色」を選んでみませんか? さらにオトコマエを目指したい人
も、これからオトコマエを目指していこうという人も必読の書。カラー・
コーディネートパターンを多数収録して、とってもお得感アリ!
△▼△▼↓↓↓↓ご購入はこちらから↓↓↓↓△▼△▼
http://www.amazon.co.jp/dp/4797346469/wwwsbcrjp-10-22/ref=nosim
+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=
(編集後記)
忘月忘日 ずーっと、やきもきしながら待っていたものが届く。少しだけ安心
する。これがアウステルリッツの太陽となるのか!?
忘月忘日 最近、本を何冊かご恵投いただきました。これから読むものが
大半なのですが、折角なのでご紹介。
藤井誠二『「悪いこと」したら、どうなるの?』と鈴木邦男『失敗の愛国心』
(ともによりみちパン!セ)。仕事しまくりの同世代のAさんからいただく。
Aさんはガンガン働いていても本当に楽しそうに仕事なさっていて、すごい
なぁ…。メルマガの編集後記で泣き言書いてばかりの自分とは違う。『失敗
の愛国心』から読み始めていて、自身の右翼としてのキャリアと日本を重ね
て考えていく流れ。『靖国』上映問題などを考える補助線としても有用。
山本謙治『日本の「食」は安すぎる』(講談社プラスアルファ新書)。良い
書名ですね、Oさんから頂戴いたしました。まだ少し読んだだけですが、
食の安全についての騒動を考える際、示唆に富んでいそう。
大塚英志『キャラクターメーカー』(アスキー新書)。Hさんからいただき
ました。『ライトノベルの楽しい書き方』シリーズを担当させていただいて
いる身としては、勉強できそうな内容ですね。大学一年生向けの実習をもと
にした内容との由。
忘月忘日 空間ゼリーの「私、わからぬ」に行きました。前作「穢れ知らず」
とは違った角度で家族を描き出す(でも、無垢というか「良い子ちゃん」の
イメージをまとった一人の女性を軸に物語が展開する点は一緒かも)。前作
もそうだったけど、詰め込みすぎずに二時間で一年間を描き出した手腕に
拍手。あと、山本一郎さんやフェルディナント・ヤマグチさんもブログを
見ると、この舞台を観劇された模様。客席の側も濃い舞台ですな。
忘月忘日 めずらしく(?)日本にいる山形浩生さんが出るシンポに行く。
はずが、バイク便を待っていたら大遅刻。ほとんど終盤だけしか話を聞け
なかったです。内容は、いずれ動画で配信されるのかな。リンクしておき
ます。「著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム」。
http://thinkcopyright.org/index.html
(かんば)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□記事内容に関するご意見、ご質問、ご感想などは
bswebmaster@cr.softbank.co.jp までお願いします。
□新製品ニュースリリース等の送信先は
mailto:bspr@cr.softbank.co.jpへ
■本メールマガジンは、「SBPメンバーサービス」と「まぐまぐ」を利用して
発行しています。
●SBPメンバーサービスをご利用の方へ
◇ビジスタニュースの詳細はこちら
http://www.sbcr.jp/bisista/mail/
◇SBPメールの総合案内
http://member.sbpnet.jp/mail/
◇登録解除はこちら
http://member.sbpnet.jp/mail/cancel/
◇アンケート一覧はこちら
http://member.sbpnet.jp/enquete/
●まぐまぐをご利用の方へ
◇解除はこちら http://www.mag2.com/m/0000098654.htm から。
○編集:学芸書籍編集部 上林達也
○発行:ソフトバンク クリエイティブ(株)
〒107-0052 東京都港区赤坂4-13-13
○無断転載を禁じます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
|
|