発売日 2007年02月15日(木)

クレイジーフラミンゴの秋

著者名:誼阿古(著者) 藤本 みゆき(イラスト)

¥600 (税別)

ISBN:
978-4-7973-4060-0
サイズ:
CD25A5D8-EC6E-435F-A497-957E473840EE
ページ数:
336
付録・付属:
-

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著者紹介

著者・誼阿古

イラスト・藤本 みゆき

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  • 変わらない物、変わっていく物

    5.0
    ヤボ夫

    「クレイジーカンガルーの夏」のスピンオフ作品ということで、舞台も同じなら、登場人物もほぼ同じで今回は女の子が主人公である。しかし個人的な好みからいえば、今回の作品のほうが断然良かった。相変わらずぎこちない部分が目につき読みづらい部分も多々あったが、それでもそれを凌駕する力があった。何が良いといってここに描かれる中学生の日常は、あまりにもあの頃のぼくが経験した中学時代と似ているのだ。主人公が女の子であっても、あの頃の思春期突入時のもやもやしたやり場のない焦りみたいなものは男もおんなじだ。だから、ぼくも大いに共感するところがあった。それに本書はせつない。こういうのあったよなー。この気持ちは男でも女でも変わりなく必ずあるものなのだ。いわば通過儀礼のようなものなのだ。それが圧倒的な質量でもってよみがえってきた。子どもと大人の中間地点という、いってみれば吊橋を渡っているような危うい時期に、人はみな踏み外した痛手を負って人生の辛さを学んでゆくのである。それは必然であり、避けては通れない道なのだ。意味もわからず人を振り回したり、悪意ある中傷に傷ついたり、疑心暗鬼に陥る寸前まで他人を疑ったり憧れが恋愛と同義だと勘違いしたりなど、踏み外してしまう陥穽はいたるところにある。それは地雷のごとく行く先々で待ち受けている。だからこの時代は濃密なのだ。本書の主人公である菅野晴は、クラスの中でも比較的目立たない存在だった。だが二学期に学級委員に選出されてから、彼女の時間は大きくうねり少女から大人になる困難でやるせない道を歩むことになる。ホント、この話はせつない。リアルにせつない。こんな三人の子持ちになったおっさんのぼくでも、胸の奥が焦がれてしまうほどせつなくなった。う〜ん、いい本だ。

  • いい本です。 レビュー対象商品: クレイジーフラミンゴの秋 (GA文庫) (文庫)

    ベック

    前作『クレイジーカンガルーの夏』で圧倒的な筆力を見せた誼阿古。今作でもそれはまったく衰えていない。『クレイジーフラミンゴの秋』で描かれているのは、等身大の少女の成長。誼阿古はそのテーマを、見事に書ききっている。この作品の舞台は昭和だが、私にとってこのライトノベル作品とは思えない時代設定は、現代社会へのエールとライトノベルへのアンチテーゼであるように思える。昔も今も、変わらないものがある。作中から、誼阿古の暖かいエールが滲み伝わってくる、良作。

すべての4レビューを表示

  • coco夏ko10角

    1979年中学生女子。この年頃のモヤモヤとか、わかる部分が色々。『クレイジーカンガルーの夏』の人物も登場。 続きを読む

  • つっつー

    1979年の女子中学生の群像劇。面白い。クレイジーカンガルーの夏の姉妹編。カンガルーの男子中学生らを別視点から読むことができたのも楽しかった。聡明さと幼さのアンバランスさ、それゆえに頑固な主人公は可愛らしく思える。友人への思い、親への思い、教師への思いに揺れる多感な心。どんなに頭の良い子でも、人気があっても、問題児であっても、受け持つ教師によって、中学生たちの評価は大きく変り、彼らの精神と今後の人生に多大な影響を与えているのだろうという事が窺えた。心の傷も、幸福も、人生の糧にして強く生きられたらいいのに。 続きを読む

  • ソラ

    内容(「BOOK」データベースより) 学校なんかバッカみたい。先生もバッカみたい。クラスの子たちもバッカみたい。ママもパパもバッカみたい。そして、そんなことばっか考えてる自分が一番、バッカみたい。…晴ちゃんは十三歳、中一の女の子。浮きたくないし、地味に一般庶民やってたのに学級委員になっちゃった。文化祭前の騒がしい学校でやる気のなさそな担任と無意味なやる気だけいっぱいのクラスメイトを抱え、新米リーダーは無視され嫌われこき使われて、もう泣きたいことばかり。おまけに、なんだか最近、気分まで変。 続きを読む