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「努力は必ず報われる」は本当か

勅使川原真衣:著者

美しい“努力神話”の裏に隠れた不都合な真実とは?

経済思想家・東京大学准教授 斎藤幸平氏 推薦!!

「努力は裏切らない」「努力は必ず報われる」という言葉があるが、果たしてそれは本当だろうか?
実際には現代人の誰もが、それは幻想であると理解しているはずだ。この世の中で求められているものは、「努力する人」ではなく「成果を出した人」なのだ。
それでもなお、現代社会で努力が一種の信仰のように信じられているのはなぜだろう?
親は子どもに「頑張れ!」「頑張ったね」と言う。学校では「継続は力なり」「努力すれば何者にもなれる」「もっと頑張りましょう」と言われる。社会に出ると、「評価が低いのは/能力が向上しないのは/成果が出ないのは、努力が足りないからだ」と決めつけられる。
小学校、中学校など義務教育の場面では、ある意味で「努力」は報われてきたのだろう。しかし私たちは、いつからか努力が「見た目としての“頑張っている感”」だったり「成果」に差し変わっていることを理解しなければならない。
では、「努力主義」に見せかけた「成果主義」が、現代社会や私たちにもたらした弊害とはなんなのか?本書では、社会や企業の膿と現実を構造から暴いていく。そして、私たち現代人はそんな社会や企業とどのように付き合い、働いていけばいいのかを提案する。
「頑張っているはずなのになぜこんなにも自己実現ができないのか」「認められていると感じられないのか」「努力しても何事も成し得ないのか」と疑問を抱き疲弊するすべての現代人必携!

ただし、本書で「努力」を分解した先に、「もう努力なんてやめましょう」という結論が待っていることはありません。私は努力を否定したいのではないからです。ただ、行き先の書かれていない努力を、行き先が書かれていないと知らないまま続けること。これだけは、そろそろやめてもいいのではないか、とは思っています。
努力を手放すのではなく、努力の使い道を自分で決められるようになること。それが、この本を読み終えたあなたに起きてほしい変化です。(「はじめに」より)

プロローグ 努力庁創設二十周年記念式典

第一章 私たちはいつから「努力教」の信者になったのか
語源から見る「努力」の歴史
灰になるまで頑張る日本、油を足していく中国
「努力は報われる」を信じているのはどこの国か
上位国は、灰になるまで頑張っていない/アフリカの「ハッスル」は何が違うのか
「努力」よりカジュアルな「頑張る」が持つ意味
スポーツと戦争が後押しした「頑張れ」精神
二宮金次郎という刷り込み装置
日本の宗教は「救済のない努力」か
掛け違えた「何を努力と言っているか」
〝努力信仰〟の誕生 「努力すれば報われる」はいつ生まれたか?
「勤勉な民族」が努力を〝信仰〟へと押し上げたのか?
四民平等から生まれた努力主義の原型
「平等」に隠された〝裏面〟こそが努力信仰の正体である
学校という「努力主義のインストール装置」
努力とは、「誰からも努力しているように見えること」/「理想の○○」という〝態度〟による評価軸
社会人に求められる「努力の中身」の変遷
昭和――「登れ」の時代/平成――「見えない何か」の時代/令和――「無限」の時代/同じ命令、違う中身

第二章 「努力は必ず報われる」は幻想である――〝努力する人〟になってはいけない
三者の「努力」定義のズレは何を引き起こすか
個人にとっての努力――「明日は変われる」という希望/社会にとっての努力――選抜を隠す「囁き」/会社にとっての努力――成果と態度を包んだ「包み紙」/三枚の「努力」写真は重ならない
努力主義・成果主義・能力主義――入れ替わってきた三つの「主義」
成果主義の導入と挫折/生き残った能力主義と、半分で止まった反省/「あの人、頑張ってるよね」日本版能力主義の正体/報われる仕組みだけが死んだ努力主義
私たちは努力を測定できるのか
「そう信じたい」が目を曇らせる/三段重ねの仕掛け
「努力→能力→成果」の直線は、なぜ嘘なのか
「見せかけの相関」を解剖する/迂回路は、誰でも走れるわけではない
この社会では誰が「努力不足」とされているのか
労働時間の短い人――「働かない」のではなく「働けない」/ケア労働者――努力にカウントされない労働/「努力できること」自体に格差が生じている
努力への称賛は「信じているから」ではなく「必要だから」続く
「幻想である」の、その先へ

第三章 「こんなに頑張っているのに」が生む不協和音
「努力主義×成果主義×雇用形態」が生み出す不協和音
「努力とは、成果とは○○です」を定める職務要件が抜け落ちている/雇用形態により職務の境界が「ぬるっと」広がり続ける/三つが組み合わさると、何が起きるか
ブルシット・ジョブと「頑張ってる感」が増え続ける
「これ、意味ありますか」と言えない理由
悪循環に病んでいく職種
「どこも同じ」の悪循環が強固になっていく過程/ホワイトカラーほど病むかマッチョ化する
無限の努力と「勝ち逃げ」の構造
どこまで行っても「無限の努力」を強いられる
属人的評価が生み出す非対称
素直さとは従順さであり、主体性とは矛盾する
職務要件で成果責任を明文化する
粒度がズレると形骸化する、職務要件失敗のパターン/AIを職務要件定義制作の味方につける
日本の職場を襲っている三つの危機

第四章 努力主義は社会のせいか 国家・政治・経済から読み解く
「努力」の源泉は国家にある
学校が測っていたものは、学校が決めたものではない/努力は誰にとっていちばん都合がいいのか
努力語の言い換え史――「努力しろ」から「自己責任」へ
経済状況悪化が国民に「自己責任」を迫る/自己責任論の普及による効用
消えたのは「頑張れ」ではなく「報われる」
「進路」が「キャリア」になったとき
メディアのスポーツ報道と美談の再生産
甲子園や駅伝に熱狂する心理の奥底にあるもの
正当化する言葉の「ポジティブ化」と連鎖性
平等の腑分け――機会・結果・公平・公正
努力主義は結局、社会のせいなのか

第五章 「裏切らない努力」はあるか
生きるために、努力を再定義する
構造の中での評価軸で結果を出し、意思を通す
「努力する人」になってはいけない
組織の義務を理解する
測定器を替えなければ働き方は変わらない
「社会の前提」と「企業の職務要件定義」からリスクを提示する
教育現場に処方せんはあるか?
有能な人が一人いれば成り立つ状況を破壊し「分業」を徹底する/親も先生も「すごいね」ではなく「面白いじゃん」
脱却は地方・中小でこそ進む
問うべきは「優劣」ではない
成長は直線ではなく、螺旋の形をしている
AI時代の努力観 努力の価値は下がるのか?
努力を飼いならそう

エピローグ 努力庁閉庁記念館にて

定価:1,155円(本体1,050円+10%税)

書籍情報

  • 発売日:2026年12月7日(月)
  • ISBN:978-4-8156-4206-8
  • サイズ:新書
  • ページ数:280
  • 付録:-

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著者紹介

著者・勅使川原真衣

1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て独立。2017年に組織開発を専門とする、おのみず株式会社を設立。二児の母。2020年から乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社・紀伊國屋書店じんぶん大賞2024で第8位入賞)、『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社・中央公論新書大賞2025で第5位入賞)、『職場で傷つく ―リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)、『格差の”格”ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版)が、編著書に『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版社)がある。論壇誌「Voice」(PHP研究所)、日経ビジネス電子版にて連載中。

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