
2140 ~サープラス・アンナの日記~
あたしの名前はアンナ。
あたしは、この世に存在してはならない……。
(西暦2140年1月11日)
――西暦2140年、人間は不死を手に入れた。
新しい命は、もはや必要ではなくなった。
***
その昔、人間は癌や心臓病、エイズなどの病気で死んでいた。病気で身体に障害を負う人もいて、たいていの人は七十歳ぐらいで死んでいた。
しかしそれは、ある薬の開発によって一変した。イギリスのファーン博士が開発した長命薬だ。
長命薬を飲んだ人は年を取らなくなり、病気にもならない。副作用もない。そこでイギリス政府は長命薬を認可し、長命薬は全世界に広まった。
しかし当然ながら、人が死ななくなれば、人口爆発という問題が起きる。そこで政府は二〇六五年、「一人の人間が生涯に持てる子どもの数は一人のみ」という宣言を発した。しかしそれでも人口増加は止められず、限られた資源が危機に瀕したため、ついに政府は二〇八〇年、新たな宣言を発した――「長命薬を服用しない、という書類に署名しないかぎり、子どもは一切作ってはならない」。子どもがどうしても欲しければ、カップルの一人が書類に署名すれば、子どもを一人持てる。両方署名すれば、子どもを二人持てる。命と命の交換、というわけだ。
しかし書類に署名してまで子どもを作る人は、世間から白い目で見られるようになった――まともな子どもに育つかどうかわからないのに、なぜ自分の命を犠牲にしてまで、子どもを産む? それでなくても資源が不足しているのに、なぜわざわざ子どもを作って人数を増やすのだ?
やがて世間は、「限られた資源を守るために、子どもを持たない者」のことをリーガル(合法者)、違法に生まれてきた子どものことをサープラス(よけいな存在)と呼ぶようになった。サープラスは両親ともどもキャッチャーと呼ばれる専門員に捕獲され、両親は刑務所に、サープラスは各国が設けた専門施設に、それぞれ強制収容されるようになった――。
最初のページ
新入り
視線
懲罰房
グレンジ・ホール62
洗脳
ゲーム
心の声
見取り図
密談
混乱
花と蝶
反抗
友だち
決行
追跡
庭小屋
さがしもの
決断
脅し
取引
温かい食事
絶望
シグネットリング
告白
運命の瞬間
最後のページ
■著者略歴
Gemma Malley(ジェマ・マリー)
リーディング大学で哲学を専攻後、ジャーナリストとして活躍。ビジネス誌の編集を手がけ、『サンデーテレグラフ』紙などに寄稿する。現在は家族とともに南ロンドンで暮らし、本書の続編を執筆中。
■訳者略歴
橋本 恵(はしもと めぐみ)
翻訳家。東京生まれ。東京大学教養学部卒。『ダレン・シャン』『デモナータ』シリーズ(小学館)、
『チャイニーズ・シンデレラ』(文藝春秋)、『錬金術師ニコラ・フラメル』シリーズ(理論社)など訳書多数。