発売日 2010年02月16日(火)

セカイ系とは何か
ポスト・エヴァのオタク史

著者名:前島 賢(著者)

¥760(税別)

ISBN:
978-4-7973-5716-5
サイズ:
CAE53444-4A6D-43A5-80D8-648CFE5F9CB1
ページ数:
264
付録・付属:
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著者・前島 賢

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  • よく纏まった論評

    4.0
    T・トウゴウ

     「エヴァ」から「ハルヒ」あたりまでのサブカルの流れをセカイ系の観点から纏めた好著。「ほしのこえ」や「最終兵器彼女」の生まれた背景から様々な作品の解説のみならず、東氏や宇野氏によるサブカル議論を交えながら話が展開していくので、セカイ系をめぐる評論について判りやすい鳥瞰図を示してくれる。そのためテキストとしては秀逸だが、もう少しつっこんだ筆者なりの分析の視角も欲しかった。敢えて苦言を呈するなら、東氏や宇野氏に遠慮せず、両者への批判的な議論があればもっと刺激的であったと思う。今後のサブカルの潮流がどうなっていくのか、若い筆者に期待したい。

  • セカイ系まとめ、乙!

    5.0
    フチコマ

    本書のタイトルは曖昧です。本書の目的はセカイ系の「本質」を、つまりマンガやアニメ、小説の中に「こういう要素が入っていたら、セカイ系なんですよ」というようなことを明らかにすることではありません。いや、確かに「セカイ系」という言葉が指し示す内容を明らかにしようとはしていますが、作品に見る「セカイ系」的な普遍的な要素を抽出してくる作業を行っているわけでは無いということでしょうか。少しだけ内容を引っ張って来て紹介すると、初めて「セカイ系」という言葉が使われた時点からいかにセカイ系という言葉の意味が揺れながら使用されて来ているか、ということを本書は明らかにしています。セカイ系という言葉で括られた時点、セカイ系概念を自覚的に作品が作られた/るようになった時点、宇野氏などの思想界隈で取り上げられるようになった時点、といったように、その時々に使われ変容する「セカイ系」という言葉を綺麗に整理しています。個人的には東氏の「美少女ゲームの臨界点」あたりのもりあがったけれどなんだかもやもやしていた「空気」を、ここに来てようやっときっちりと綺麗にまとめられたなぁという気がしてすっきりしました。物足りないのは、本書の性格からいって不可避でいたしかた無いのですが、実際の作品分析がない/できないということでしょうか。あくまでセカイ系という言葉の変遷を追うのが主題であって、既存の作品をセカイ系として解釈しなおしたりするものではないので…。また、どうしても、それ以前にもセカイ系と名指されなくてもそう呼ばれて良い作品があったんじゃないの、と言いたくなりますがこれも自重した方が良いのでしょう(だから物足りないのか)。

  • 「ここまでお読みいただきありがとうございました」ってどひゃー

    4.0
    もんじろ

     こどものころ、連合艦隊の戦艦、航空戦艦、航空母艦、巡洋艦すべてプラモデルを作っていた旧世代のオタクである評者は、正直言ってウルトラマンも、ガンダム、エヴァも、巨大構造物の格闘技であるだけでだめだったのです。耐えられるのは格闘シーンの少ない、ほしのこえと、ぼくらのぐらいですね。なに自分語りしているんだよというわけではありません。なにが言いたいかというと、おたく的心性というのは、男の子に普遍的にある細部へのこだわりからきているもので、それがどう現れるかは環境による負荷で左右されるんだと思うのですよ。  さて、著者は、このような普遍的、非歴史的に存在する岡田斗司夫的なある一定のつまらん教養を持った「貪欲な鑑賞者」は、エヴァの終盤で突然悶絶死し、自意識過剰なポストエヴァの一群が生まれ出たとします。書いている本人がこのとき生まれ出た人なんだから説得力あります。で、副題にあるポストエヴァのオタクは、自意識過剰な一人語りのセカイ系とエロゲ感性の萌え系の二つの要素として展開していくということです。歴史的な解説が丁寧な本ですが、遠慮がちに著者の見解を開示している「セカイ系−自己言及性の文学」という定義は結構当たっていると思います。なぜなら自己言及は声高に叫べないし、メタメタメタと沈潜すればするほど、沈黙せざるを得ないわけです。したがって、その閉じた世界がキモイと思って敵視すると宇野常寛みたいになるのですかね。また、セカイ系に長編はないという指摘もなるほど鋭いなー。だから、結局セカイ系は線香花火のように終わってしまって、けいおんのような空気系や、再び物語消費的な第一世代オタク感性が復活してきているというわけです。なるほど納得。 でも不思議なのは、宇野常寛も、この著者も、少なくともその著書で0年代を語るなら、同じ萌え要素を共有しているのだから、クラナド(2004)やスクールデイズ(2005)について一言も触れないのは、やはり、立論にあわないからですよね。東浩紀せんせもあまり触れてないようだし。でもね、「クラナドは人生だ」と素朴過ぎて評論しようもない感動をする萌えオタクもいーーーっぱいいるんだから。「シンジは俺のことだ!」と叫んだ人数より多いかも知れませんよ。だから、このての分析が恣意的だといわれるんだよね。でも、スクールデイズなら宮台せんせあたりが、えぐい牽強付会な分析をしているかも。 ところで、あとがきの「ここまでお読みいただきありがとうございました」って、いまどきの高校生の文集の寄稿原稿だぞ。聞き手が必ず存在する一人語りのようでちょッとかっこ悪い。

すべての13つのレビューを表示

  • SOHSA

    《購入本》自己問題に世界の問題が接着している世界観の中で展開する物語、或いはオタク文学というある種の閉じられた分野が拡散して一般化する空間の拡がりを指しているのか。いずれにせよ自己言及と世界認識の関係性を読み解く上でセカイ系は興味深いキイワードとなっている。また、エヴァという作品自体よりもエヴァ以降の変化を論じることで、おそらくは著者の思惑とは別にゼロ年代の一面を読み手にわかりやすく提示する結果となっている。セカイ系は既に終焉を迎えたと述べられてはいるが、その核は形を変えて今そこここに潜んでいる。(→) 続きを読む

  • mm

    なんかよーわからんかったセカイ系なる単語。ここ15年くらいで、使われるシーンによって色んな意味付けをされてたみたいで多義的。エヴァの物語部分の発展系、萌え要素込み、巨大ロボット・美少女戦士等々のファクターを含むが、自意識や恋愛がテーマ。筆者が碇シンジがエヴァに乗り込んだのと同じ14歳の時、阪神大震災・地下鉄サリン事件が起き、まるで終末戦争かという報道の一方、日常生活は普通に続いていたという体験と「最終兵器彼女」の世界観はうまくリンクしたという記述に納得。身近な日常と世界は繋がってないんだorz 続きを読む

  • サイバーパンツ

    セカイ系はまず「エヴァっぽい自意識の物語」として生まれる。しかし、2004年以降、セカイ系の中核を担っていたエヴァっぽさは抜け落ち、「社会のない舞台で、きみとぼくの恋愛が世界の運命に直結する物語」という新たな姿へと変化していく。そして、現在のオタク文化は、セカイ系から日常系へ、物語からコミュニケーションへと変化してきている。このような時代において、セカイ系はどうなっていくのか?著者はこのことについて、新たに生まれる自意識の問いかけを内包した作品が今後ムーブメントになると予測している。 続きを読む

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